開高健。作家であり、釣り人であり、何より「道具」を心から愛した人だ。
彼が使っていた釣り道具には、ただの有名ブランド品とは違う、熱っぽい物語が詰まっている。自分で名付けたルアー、メーカーから直接贈られた黄金のリール、そして作品の中で鮮やかに描ききった名品たち。
今回は、開高健という稀代の釣り人が遺した釣り道具の世界を、じっくり紐解いていこう。
開高健と釣り道具の哲学。「安物を買うな」の真意
「釣道具を買うコツは、ゼニを惜しむな、安物を買うなという一点につきる」
これは開高健が著書に記した、あまりにも有名な言葉だ。
彼にとって道具とは、単なる「魚を釣るための手段」ではない。旅の相棒であり、自然と対峙するための信頼すべき武器だった。アラスカのキングサーモンも、北海道のイトウも、アマゾンの怪魚も、すべて同じ思想で選び抜かれた道具で挑んでいる。
だからこそ、彼の手元にあった品々は、今なお多くの釣り人にとっての「到達点」として語り継がれているのだ。
スプーン「Bite(バイト)」誕生秘話。名付け親は開高健
国産スプーンの元祖は、こうして生まれた
1970年代、日本は第一次ルアーブームの真っ只中。釣り具店から輸入ルアーが消えるという、今では信じられないような現象が起きていた。
「なければ作ればいい」
そう考えたのが、当時トラウトルアーの草分けだった常見忠だ。彼は銅板を切り出し、ハンドメイドでスプーンを作り始める。その試作品を手に、常見は開高健のもとを訪ねた。
「これ、なんて名前がいいですかね」
開高健はその小さな金属片をしげしげと眺め、こう言ったという。
「バイトだ。魚がバイトする。英語でそう言うじゃないか」
ここに、日本製スプーンの原点が誕生した。現在もアートフィッシング社から販売が続けられており、開高健記念館で手に入れることもできる。
製品情報: Bite スプーン アートフィッシング
黄金のリール、ABUアンバサダー。開高健を象徴する相棒
1969年、スウェーデンから届いた贈り物
開高健といえば、このリールを思い浮かべる人も多いだろう。
ABU アンバサダー 5000 De Luxe。精悍な黄金色に輝くその丸形リールは、彼のトレードマークだった。1969年と1970年、ABU本社から直々に記念品として贈られたもので、「もっと遠く!」「もっと広く!」といった南北アメリカ大陸縦断記でも常に携えられている。
また、雑誌「太陽」で井伏鱒二の秘伝書とともに紹介されたアンバサダー 5600CDLは、製造期間が極めて短いレアモデル。今ではコレクターズアイテムとして高値で取引されることもある。
製品情報: ABU アンバサダー 5000
著書に登場する名品たち。作品と道具の幸福な関係
アクメ カストマスター —— 「フィッシュ・オン」で絶頂と評したメタルジグ
開高健が「フィッシュ・オン」の中で「絶頂」とまで言い切ったルアーが、アクメ カストマスターだ。
水平に曳くと尻を振る独特のアクションは、トラウトからシーバス、青物まで惑わす万能ぶり。彼がこのルアーを手にしたときの興奮は、文章からもひしひしと伝わってくる。
製品情報: アクメ カストマスター
ABU ディプロマット —— 「オーパ!」のサーモン釣りで活躍したグラスロッド
「オーパ!」で描かれるサーモンフィッシングやマスキー釣り。そのシーンで開高健が振っていたのが、ABU ディプロマット #662 ZOOMだ。全長7フィート、2ピースのグラスロッドで、当時としては珍しいEVAグリップを採用していた。経年劣化しやすいため、美品はまず見つからない。まさに幻の一本である。
製品情報: ABU ディプロマット
最新の発見が語る、開高健の尽きない探究心
2025年5月、興味深いニュースが飛び込んできた。
山形の釣具店「フィッシングトミヤマ」との間で交わされた、開高健の未収録書簡が見つかったのだ。内容はスズキ釣りのためのルアー選びや、最適な糸について指南を請うもの。すでに文壇でも釣り界でも大家と呼ばれる存在だったにもかかわらず、地方の釣具店に真摯に教えを乞う姿勢には、彼の「道具への飽くなき探求心」が滲み出ている。
知りたい。試したい。そして書き残したい。
その衝動が、彼を最後まで現役の釣り人たらしめていたのだろう。
開高健の釣り道具に、いま触れるということ
銀山湖で追い続けた60cmオーバーのイワナ。駿台荘で常見忠と語り合ったルアーの未来。そして、アマゾンの濁流で頼りにした一本の竿。
開高健が愛した釣り道具の数々は、今も私たちの手に届く場所にある。名品スプーン「バイト」も、アクメのカストマスターも、ABUのリールも、幸いなことに現行品や復刻品として入手可能だ。
道具を手に取るとき、ふと思い出してほしい。
「ゼニを惜しむな、安物を買うな」
これは単なる散財のススメではない。一生付き合える本物を選べ。そうすれば道具は必ず応えてくれる。開高健が教えてくれたのは、そんなシンプルで、揺るぎない釣りの流儀なのだ。

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